東京家庭裁判所 平成6年(家)6798号 審判 1996年1月26日
申立人 福田宣雄 外1名
主文
事件本人福田さやかを申立人福田宣雄及び同福田明子の特別養子とする。
理由
1 本件記録及び本件に関連する千葉家庭裁判所松戸支部平成4年(家)第×××号養子縁組許可申立事件の記録によれば、次の各事実が認められる。
(1) 申立人らは昭和51年3月31日婚姻した夫婦であり、いずれも現在において25歳以上の者である。申立人らは、婚姻以来子供に恵まれないため特別養子を希望し、平成4年3月10日、柏児童相談所で里親登録したが、養子対象者なしと言われた。
他方、事件本人は、平成4年1月31日、中華人民共和国(以下「中国」という。)上海市の道端に遺棄されていたところを保護され、上海市児童福利院に収容された。事件本人の傍らに、1月9日夜12時生まれとメモが残されていたが、事件本人の実父母を知るためのてがかりになるようなものは一切なく、事件本人の実父母については現在にいたるまで不明である。
(2) 申立人夫婦は、かねて友人から「中国は一人っ子政策で孤児が多い。」と聞き及び、中国人の孤児を養子に迎え入れる考えを抱いていたところ、平成4年4月、前記友人の中国における知人を通じて事件本人を紹介された。そこで、申立人福田明子(以下「申立人明子」という。)は、同年6月11日、上海に渡り、翌12日、児童福利院の許可を得て事件本人を預かって上海市内の外国人ホテルで監護を開始し、同月17日、児童福利院との間で養子縁組協議書を取り交わし、同月20日、上海民生局の審査に合格して養子の准予登記(仮登記)を受けるに至った。
しかし、中華人民共和国司法部から養子縁組の最終条件として、養親となるための日本の公的機関の許可が必要である旨の説明を受けたため、申立人夫婦は、平成4年9月1日、事件本人との普通養子縁組許可申立を当時の申立人夫婦の住所地を管轄する千葉家庭裁判所松戸支部に行い、同月14日、許可の審判を得た。
同年10月5日、中国司法部公証司民事処において申立人らと事件本人の養子縁組が公証されたため、申立人夫婦は、同月12日、申立人夫婦の本籍地において養子縁組届を出し、中国の方式による普通養子縁組として受理された。
事件本人は、同年10月23日、申立人明子に付き添われて来日し、以後、申立人夫婦のもとで養育され、平成6年5月11日、帰化が認められた。
(3) 申立人夫婦は、平成6年11月21日、事件本人を伴って和歌山県の現住所に転居した。そこで、申立人福田宣雄(以下「申立人宣雄」という。)は診療所の医師として地域医療に従事し、申立人明子は、事件本人が保育園で過ごしている間、看護婦として診療所の仕事を手伝っている。申立人夫婦は、いずれも健康である上、夫婦仲も円満で生活も安定している。
申立人らの事件本人に対する監護の状況は良好で、申立人らの事件本人への豊かな愛情が窺われる。また、事件本人は保育園に通っているが、その発育も順調で、申立人らの家族の一員として健やかに成長しつつある。
2 ところで、中華人民共和国養子縁組法22条2項は、養子と実父母との間の権利義務関係は養子縁組関係の成立によって消滅する旨規定しており、中国の養子縁組が成立すると、わが国の特別養子縁組と同じ効果を生ずるものである。そのため、中国の方式で養子縁組が成立している以上、同一の効果を生じさせる特別養子縁組を改めて認める実益はないのではないかということが疑問となる。
しかし、日本人が外国在住の外国人を養子縁組しようとする場合、法例22条によって養子縁組の行為地である当該外国の方式により養子縁組をすることは可能であるが、その養子縁組の効果については、法例20条1項によって養親の本国法である日本民法が適用される。そして、外国方式で成立した養子縁組について養子と実親との関係の断絶という特別養子縁組と同一の効果を認めるためには、当該養子縁組の成立要件が日本民法の特別養子縁組の成立要件を兼ね備えていると認められることを要する。したがって、逆に特別養子縁組の成立要件を充足していると認められない場合には、わが国の法制度上、養子と実親との関係の断絶という法律効果は発生せず、普通養子縁組としての効果が認められるにとどまると解するのが相当である。
そして、本件の場合をみるに、実体的要件については概ねわが国の特別養子縁組の成立要件を充足しているものの、その成立時期が中華人民共和国外国人養子縁組実施手続法が発布施行された1993年(平成5年)11月10日より以前であることもあって、前記1認定の中国司法部公証司民事処における公証が日本民法817条の2第1項所定の家庭裁判所の審判に該当するものと直ちに判断することはできないというべきである(本件に関する戸籍実務の取扱いもかような見解に基づくものと思われる。)。
したがって、中国方式で成立した本件養子縁組は、日本国法上はいまだ普通養子縁組の効力しか生じておらず、事件本人とその実親との法律関係は断絶していないので、特別養子縁組の審判を行う利益はなお存するものと解するのが相当である。
3 また、事件本人が既に申立人らと養子縁組をしており申立人らのもとで良好な監護を受けているという前記認定の状況下で、民法817条の7所定のいわゆる要保護性が存在するかも一応問題となる。
しかし、前記1の認定の事実経過によると、申立人らが中国方式で事件本人と養子縁組をしたのは、事件本人を中国から出国させて日本に連れて来ること、及び事件本人の日本への帰化を容易にする(国籍法5条、8条2号参照)ことを目的としたものと認められる(事件本人の帰化申請がされた時期は必ずしも明らかでないが、前記1の事実経過に照らすと、普通養子縁組の届出から1年経過後直ちに行われたことが窺える。)。したがって、申立人らの意図は当初から、事件本人と特別養子縁組をし戸籍上も実子と全く変わらないものにすることにあったと解され、普通養子縁組の成立はその一過程に過ぎないともいえるから、本件特別養子縁組の成否については、事件本人が中国において棄児であったという事情を考慮することが許されると考える。
また、事件本人が申立人らの手厚い監護養育を受けてきたことにより、現在、申立人らとの間に実親子と変わらぬ関係が形成されつつあることを併せ考えると、本件特別養子縁組の成立は、事件本人の監護養育の状況を将来にわたり永続的に安定させるものであって、事件本人の福祉に合致し、その利益のため特に必要であるというべきである。
4 以上2及び3で検討した事項以外は、本件特別養子縁組成立の要件として格別問題となるものは見当たらない。
5 よって、本件申立ては理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 西井和徒)